・・・・・・順調、順調♪・・・


亜希の発育は順調。 7月には待望の寝返り・・・
9月には私の姿が見えないと 泣くという 後追い。育児書に書いてある フツウの発達

・・・少し お別れ・・・
この頃の亜希 9月 体重7200g 身長 63cm    

事情は幸希のページにあるんだけど・・・
幸希と私と母子入園ってものをして 集中的に訓練する事となった。
可愛い盛りの 亜希をおいて 4週間も入院するなんて・・・
亜希が私の事を忘れたら どうしよう!と真剣に悩んでいた。

が、ヤケクソも私の背を押し、亜希は実家で4週間、すごした。なんと、実家では、
夜泣きも あまりせずブランコが大好きで、楽しく 過ごしていたそうだ。 
そして もちろん 私の事を忘れる事などなかった。

夜泣きが激しくて 私は亜希が生まれてから 朝まで眠った事がなかったけど、幸希との入院で初めて ゆっくり朝まで寝た・・・

・・・まいった 年の瀬・・・
12月・・・幸希の2歳の誕生会をして・・・
数日後 亜希が吐き始めた・・・殆ど風邪なんかひいた事はないのに・・・

ちなみに幸希は あの年 ホントによく風邪をひいた。
毎週のように 熱を出し、熱が うわ〜〜〜っと上がるタイプだったので夜になっていつも 市の救急センターに 駆け込んでいた。

亜希は、寝てるけど 置いていくわけにいかないので、いつも、籠にのせて お付き合い・・・ 
私は、幸希の体調が怪しいと思ったら リビングの机の上に、メガネ 保険証 着替えの 服 
タオルなどを、いつも準備していて、すぐに駆け込める様にしていた。

で、亜希の救急センターに行った事から始まり、幸希も週末、高熱を出したぁ〜・・・
幸希の場合 もっと 悲惨な事になって、金曜の夜 発熱で救急センターへ。日曜は 隣の市の病院で点滴・・・

それでもよくならないから かかりつけの病院のK中央病院へ行った。
幸希が生まれた時、お世話になった熱血のF先生が入院を勧めてくれた。
気管支炎だった。 こんな事、 誰にも言うわけにはいけない・・・
妙に罪悪感があった・・・って事で亜希を 誰にも亜希を預ける事もできず、
おぶって 幸希に付き添っていた。

昼間はずっと 背負って 幸希はベッドにいて、3人で過ごして、夜 夫が
仕事が終わってから 車で亜希を引き取りに来て、亜希は夜 夫と家で寝ていた。
で、朝出社前に 病院に連れてくるというサイクルだったが、結局うちの親にはすぐにバレて 
大目玉をくらった。 風邪を引きかけの時に 遊びに出かけたりしたから・・・
こんなことなら 最初からちゃんと 打ち明けておいて、預かってもらったらよかったぁ〜〜〜

点滴をしてたら 幸希は 入院すると、すぐによくなって 4日後に退院した。
とまぁ・・・なんだか いつも 歩かない二人を抱えて おたおたしていた年だった。

12月半ば 亜希 上の歯がはえる
その後も毎日、すごい夜泣きの亜希だった・・・ 

寝返りが上手になったし ハイハイも だいぶ うまく上手になった。本当に嬉しかった。

年末に例の 私の腕のことで広島の病院に行った。広島にいい先生がいるからという事で・・・
(でも ダメだった。) >親戚の家に泊まって 亜希はモテモテだった。 
ママのイトコ・・・お子さん 2人と そこの孫さんも皆、男の子だったから・・・♪

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